作品情報
『メメント(Memento)』
監督・脚本:クリストファー・ノーラン
原作:ジョナサン・ノーラン
【出演者】
ガイ・ピアース(レナード・シェルビー役)
ジョー・パントリアーノ(テディ(ジョン・ギャメル)役)
キャリー=アン・モス(ナタリー役)
ラリー・ホールデン(ジミー役)
2000年公開、アメリカのサスペンス映画
インターステラーやTENET(テネット)を手掛けたクリストファー・ノーラン監督の作品です。本作は結末から物語が始まり、既に起こった出来事をさかのぼりながら進んでいきます。主人公の行動全てを見てから、また初めから(結末から)物語を見ると、登場人物全員のセリフや行動理由が『そういうことだったのか』と理解する事が出来ます。その為、2~3回目の方が楽しめる気がします。
※ 以下、ネタバレを含みます ※
『メメント』ストーリー
廃屋に来た主人公がテディと呼ばれる人物を撃ち殺すところから物語は始まります。
暴漢に妻を襲われたショックと、妻を助けようとした際に頭に負ったけがの影響で記憶が10分しか持たなくなってしまった主人公のレナードは、妻を襲った犯人を見つけて復讐するために、警察に代わり様々な方面から情報を集める探偵のような暮らしをしていました。
10分経っても目的を思い出せるように自身の体には今まで得た情報をタトゥーとして刻んでいき、他にも、出会った人物や、物、場所をポラロイドカメラで撮影し、情報をメモしていくことで10分後の自分へ記憶を繋いでいきます。
協力者である麻薬捜査官のテディ・麻薬の売人の彼女のナタリーの助けで犯人の『ジョン・G』を探し出します。そして、自分の今まで残してきたメモから、協力者のテディは嘘をついており、本名はジョン・ギャメルであること、犯人の乗っている車のナンバーがテディの車のだと知ったレナードはテディが犯人だと確信し、撃ち殺し復讐を果たします。これが物語冒頭の出来事(映画の最初、物語の最後)です。
しかし、物語が進むにつれどのようにしてテディが犯人だと示す情報を得たのか、妻は本当に暴漢に襲われて命を落としたのかが明らかになっていきます。そして、本当の犯人は別におり、私たちが追体験してきたレナードの記憶のもっと前に、とっくに本当の犯人を殺し復讐を果たしていたことが明かされます。(つまり、テディを殺すもっと前に復讐は既に終わっていた)そして、記憶をなくしたレナードはまた、新たなジョン・Gを求め、犯人探しの生活に戻っていくのでした。(映画の最後、物語の始まり)
カラーのシーンは逆からたどり、白黒のシーンは時系列順なのでそのまま追ってください。
感想・考察
物語序盤で過去に遡りながら話が進むんだなと理解はできるのですが、分かっていても時系列順に見ていないとこんなに分かりにくいのかと思いました。形は違いますが、記憶を繋げないレナードがどれだけ大変なのか少しだけわかるような気がして面白い見せ方だなと思いました。1回で理解するのが難しいというだけで基本的には映画の最後からさかのぼれば物語自体を理解するのは難しくないと思います。
レナードの人生
ただ幸せに暮らしていただけだったのに、その幸せが崩れ去るのは本当に一瞬でした。最後まで見て思うことはいくつかありましたが、やはり可哀想だなと、これにつきます。犯人への手がかりや復讐心はいたるところに刻まれているのに、事件後の妻との生活の記憶はどこにも刻まれていないのは本当に悲しいですね。事件後の妻との暮らしこそ写真に残せていれば、事件前までとはいかなくても、今も2人は幸せに人生を共にできていたかもしれません。
白黒のシーンでは、レナードは常に『自分はサミーとは違う、体は習慣を覚えていられる』と言い続けていました。それはある種、障害を持ってしまったことを受け入れきれていないのかもと感じるシーンです。どれくらい着色してサミーの話をしていたかは正確にはわかりませんが、サミーの行動がそのままレナードの行動だったとすれば、レナードは自身を正常に見せるために行動を取り繕って生活していたことになります。それが原因で妻に淡い希望を抱かせ、結果死を選ばせてしまったのなら、致死量のインスリンを打ってしまったという行動に対する後悔の他にも自分自身の心の弱さへの後悔も抱えているのかもしれません。
本来であれば傷を癒してくれる時の流れも、レナードにとってはもはや無意味で、むしろ時間が経てば経つほど鮮明に思い出すのは妻の苦しむ姿。レナードが自分の世界に逃げてしまうのも理解できますが、10分という短い時間の中でも、真実と向き合うタイミングは何度もあったはずです。しかし、その度に逃げ続け、結果テディに利用され、妻のためだった復讐を自分のための劇にしてしまいました。そして、これからはその劇を終わらせないために関係のない人たちさえ殺していくのでしょう。
毎日毎日、記憶がリセットされて妻の苦しむ姿から1日が始まり、自分の体に刻んだ今まで集めてきた情報を目にして、犯人への怒りを思いだし、また真実を求めて奔走しては体に傷を付ける。どれだけ苦しいか、それが分かるのは自分だけなのに、そんな自分に自分の意志で嘘をつきました。その事が一番悲しかったですね。10分後の自分はなにも知らずに走り回って、人に傷つけられて利用されて、その事も忘れてしまうと分かっているのに。それがあまりに悲しく、そして憤りを感じる最後でした。
彼は記憶は思い込みであって、不確かだと思っていましたが、自身の筆跡のメモだって、真実はいくつあったのでしょう。記憶をなくすことに苦しんでいるはずなのに、記憶をなくすことをいいことに最後は自分のメモで自分を騙し利用しました。生きる目的を10分後の自分に残しているのだとしても、やっていることはテディと変わりません。
ただ、もうそうすることでしか生きられなかったのなら、結果的には時の流れに救われたのでしょう。
私には想像できないくらい辛い人生だと思います。それでも、真実に向き合うべきだったとは思います。全ての元凶は確実に妻を襲った暴漢ですが、何があったとしても彼の人生は変わらず彼のものです。道のりは遠くても、乗り越え幸せをつかむのは彼にしか出来ないことなのです。レナードが真実と向き合えるようになるまで、本当の意味で助けてくれる存在が、周りにいて欲しかった。彼には幸せになって欲しかったなと心から思いました。
記憶障害『前向性健忘』
記憶障害にはいくつか分類があるようですが、主人公レナードの症状は『前向性健忘』と呼ばれるもののです。特定の時点以降の新しい記憶を覚えていられない状態を指します。
健忘症の原因
・心因性(ストレス性)
・外傷性(事故や転倒などによる脳の損傷)
・薬の副作用やアルコールの影響
・うつ病や統合失調症などの精神疾患によるもの
主人公レナードが健忘症になってしまった原因は、妻が襲われている現場を目撃したことによる心因性と犯人に殴られ頭を強く打ったことによる外傷性の両方かと思われます。
また、症状の一つに『作話-さくわ-』と呼ばれる、事実ではないことをあたかも現実の出来事のように思い出すことがあるそうです。事実と異なる話を創作したり、過去の記憶を歪ませて話すことを指します。ただ、本人は意図的に嘘をついているわけではなく、それを本当のこととして信じて話すため、周囲の人間からは作り話のように聞こえてしまうことが多いようです。
レナードも自分の経験をサミーに起こったこととして話していました。現実から逃げたかったという思いもあったのでしょうが、健忘症の症状の一つでもあったみたいです。
回復を促進するためのリハビリテーションや心因性であれば原因となるストレスを取り除くなどの治療法がありますが、外傷性は重症の場合は完治が難しいみたいです。ただ、早期の治療や軽症であれば自然に回復することもあるのだとか。
レナードの協力者たち
レナードには主にテディとナタリーという2人の協力者がおり、テディは、多少自分の利益のためもあったでしょうが、最初の内は本当に犯人探しを手伝ってくれてました。ただ、犯人を殺して復讐を終わらせても忘れて、また探してまた忘れてのレナードについていけなくなった結果、完全に自分の利益のためにレナードを利用することにしてしまいました。結果レナードに殺害されますが、レナードが本当の犯人を殺した時点で復讐をやめにしていれば、利用されることもテディを殺す必要もなかったので、結局はレナード自身が選んだ道ですね。
ナタリーに関しては、物語の進み方が過去にさかのぼっていくというものだったので、初めはものすごくいい人っぽかったナタリーが実は暴言吐きまくりのやばいやつだった。みたいに見えますが、実際の流れは逆なので、テディと違い最後は本当にレナードのために動いてくれていた人物でした。テディを殺した後、レナードがとった行動は分かりませんが、これからの人生を支えてくれるとしたらナタリーしかいないような気がします。
人は誰でも大小様々な悩みを常に抱えて生きているものだと思います。社会のルールに従って生きていれば、完全に一人で生きていくことなど出来ません。助けてほしいと声にすることは勇気がいることですが、もし自身の悩みを話し、誰かの悩みや経験を聞き、励まし合うことが出来れば、一人の時よりもずっと乗り越える力になるのかもしれません。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。